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「大理石の上に鎮座する『二枚舌』。権威と軽薄が交錯する現代の守護獣」

  • 15 時間前
  • 読了時間: 3分



作品タイトル VOX POPULI / VOX DEI:

神殿の二枚舌(グッティ&バッティ)

VOX POPULI / VOX DEI: The Double-Tongued Guardians (GOOD_T & BAT_T)






















制作年 / 素材 / サイズ


制作: 1990年代後半(初演) - 現在 本大理石調カッティングシート

素材:30年前のヴィンテージ・パペット、マイクロフォン・シルエット、可変式テレスコピック・スタンド、コンプレッサー、エアシリンダ、遠隔監視・通信システム

サイズ:床設置サイズ 550x550 高さ 1800 可変(台座含め、成人男性の視線に干渉する高さ〜最長2500mm程度まで伸縮)




画像: パペットの質感、大理石の紋様がはっきりわかるアップの写真。







コンセプト

本作は、神社の狛犬の形式を借りた「対話型ライブテイメント・インスタレーション」である。本来「受け身」の装置であるマイクが意志を持ち、権威の象徴(大理石)に鎮座する。善悪や本音・建前を司る2体の巨大な「口」は、リスクマネジメントを放棄した言葉を放ち、観客の社会的仮面を剥ぎ取る。コミュニケーションの最小単位である「口」を通じ、現代社会の虚飾と人間性の真理を炙り出す試みである。






ステートメント

「口は災いのもと」という格言を、「笑いのもと」へと反転させる本作は、言葉の持つ破壊力と創造性の境界線を模索する。

着想の源泉は、政治の場における「二枚舌」への違和感にある。不変・重厚の象徴である大理石を台座に据えながら、その上に載るのは軽薄で饒舌な「口」という、極めて不均衡な構成をとる。これは、石井竜也氏が提唱する「観客を驚かせ、楽しませる演出」を基盤としながら  、その裏側で権威の空虚さを突くアイロニーとして機能している。











本作にはあえて境界線(スタンション)を設けていない。これは「口」を物体ではなく「人格」として扱うための必然であり、観客との身体的・心理的距離を無効化する。福田繁雄氏的な「視覚の裏切り」  を孕んだ「目は無いが、見えている」という特異な状況下で、観客は自らの内面を露呈させる。ある者は攻撃的に、ある者は親愛を持ってこの「口」と対峙するが、その反応こそが観客自身の鏡像である。


9時間に及ぶノンストップの対話パフォーマンスは、もはや単なる演劇ではなく、そこに介在する人間同士の「縁」を強制的に結びつける社会的彫刻である。2ショット写真という物理的な証跡は、虚構と現実が交錯した瞬間を固定する「聖遺物」となる。











キュレーターズ・ノート

本作の核心は、既存の技術やマテリアルを全く異なる文脈へと転用する「水平的転回」の批評的な実践にある。30年前のパペットやヴィンテージ・マイクという、歴史の中で「枯れた」アナログな道具を現代の視座で再編。そこに「大理石」という政治的・静的な権威の象徴を衝突させることで、重厚さと軽薄さのアイロニカルな共存を際立たせている。

また、鑑賞者の感覚を一瞬で奪う祝祭的なインパクトを入り口としながらも、極限まで削ぎ落とされた構成によって、観客を単なる「観察者」から、自らの内面を「露呈させられる当事者」へと反転させる装置として機能している。

本来、受動的に音を拾う装置に過ぎないマイクを、能動的な意志を発する器官へと転換したこの試みは、現代の監視社会やSNSにおける非対称なコミュニケーションに対する鋭い皮肉を含んでいる。エンターテインメントの表皮を纏いながら、その深層で人間性の本質を鋭く問う、極めて硬派なインスタレーションと言える。












開発当時
開発当時











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